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大阪地方裁判所 昭和41年(タ)171号 判決 1967年7月14日

原告 宅間公子

被告 ウセ・ナドング

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の長男ウセ・ナドング・ジユニア(JOSE NADONG JR)の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

「一、原告は日本人で、肩書地に現に本籍と住所とを有する者であるが、嘗てアメリカ船の船員をしていたフイリピン共和国の国籍を有する被告と広島県呉市で知り会い、やがて事実上の婚姻をして神奈川県横浜市神奈川区白幡上町一九番地に一戸を構え、昭和二八年一二月七日横浜市神奈川区長に対し婚姻の届出を了し、翌二九年八月六日長男ウセ・ナドング・ジユニアを儲けた。

二、その後も被告は船員であつた関係上、三箇月に一度位の割合で海上生活から前記住宅の原告の許に帰り、その都度約一箇月ほど原告と共に暮してはまた航海に出るという生活を続けていた。ところが、昭和三一年一月七日頃、当時すでに船員をやめ、貿易商に転じていた被告は、例の如く原告の許に帰来し、約一箇月原告と生活を共にした後、また出国したが、この時を最後として爾来一度も原告の許に帰らず、生活費も送らず、その所在すらながらく不明となつた。

原告はひきつづき日本に在住し、被告の捜索のため、神戸駐在のフイリピン領事館に依頼し、また自らも被告の出生地マニラ市ビナンドに宛てて手紙を出すなどして手を尽した結果、昭和三九年四月頃被告はその住所をマニラ市ビナンド、マドリツド街五二一として離婚に応ずる旨原告に応答してきたが、その後該住所から転じ、同四一年八月頃には、再びその所在が不明となり、今日に及んでいる。

三、以上の事実によれば、原告は被告から、悪意で遺棄されたものというべきであるから、右事由に基づいて被告との離婚を求めると共に、原被告間の長男ウセ・ナドング・ジユニアは、小学校六年生の現在に至るまで、一貫して原告が養育してきたのであるから、その親権者に原告を指定することを求める。」

と述べた。証拠<省略>

被告は、公示送達による適式の呼出をうけたのにかかわらず、本件口頭弁論期日に出頭せず、なおまた答弁書その他の準備書面を提出しなかつた。

理由

一、公文書であつて成立の真正を認めるべき甲第一号証(戸籍謄本)、第二号証、(外国人登録済証明書)及び第七号証(登録済証明書)、原告本人の供述によつて成立の真正を認める甲第三号証(封筒)、第四号証(離婚届)、第五号証(フイリピン総領事の証明書但し後記部分を除く)及び第六号証(封筒)の各記載に、原告本人の供述と弁論の全趣旨を総合すれば、原告主張の請求原因事実をすべて認めることができる(前掲甲第五号証中、原告の出国が一九五七年と記載されている部分は、原告本人の供述に照らして採用しない)のであつて、他面原告側にかかる事態に立ち到つたことにつき責められるべき事由は、本件にあらわれた資料からは何ら見出されないのである。

二、本件は、日本国籍を有する原告とフイリピン共和国の国籍を有する被告との間の離婚事件であるから、法例一六条により、離婚原因である前項認定の請求原因二の事実が発生した当時の夫たる被告の本国法即ちフイリピン共和国法を以て、準拠法としなければならない。ところが、同国法は、一九五〇年七月一日以来、婚姻の解消については、ただ婚姻の無効取消を認めるのみで、別居はともかく離婚を認めていない(右日時施行のフイリピン共和国法三八六号の八〇条以下九一条までが婚姻の無効取消に関する規定であり、同法九七条以下一〇八条までが別居に関する規定であつて、離婚の規定は存在しない。このことの意味は、一般に本文の如く離婚を認めない趣旨と解されている。なお同法一五条によれば、本件につき、法例二九条に則り反致を認めて日本法を適用する余地はない)。

しかし本件につき、右の如きフイリピン法を適用して離婚を認めないときは、前認定のように、然るべき理由なく原告を置き去りにし、約一一年間にわたつて同居はおろか生活費も送らず、その所在すら不明にしている被告のもとに、日本人として婚姻以前から日本に居住し続けており、且つ弁論の全趣旨により、今後も日本社会において生活する意図をもつことの推認される原告を、単に婚姻という名のみのきづなを以てしばりつけ、その幸福追求の自由を不当に奪い去ることに帰しこの際、一般に日本社会においては、協議離婚をも含めれば離婚が比較的広く許容され、右の如き事由が「悪意の遺棄」として裁判上の離婚原因となりうることは明白であることを慮るべきである、まさに我が国における私法的渉外生活を律する正義公平の理念にもとり、公序良俗に背反するものと断じて誤りではない。この故に、本件については、法例三〇条によりフイリピン法の適用を排除することとし、我が国の離婚法を適用するのが相当であり、これによれば被告の原告に対する前認定の所為は、裁判上の離婚原因に該当するものと認められる。かくて原告の本訴離婚請求は理由があり、これを認容することとする。

なお、原被告間の長男ウセ・ナドング・ジユニアの親権(もしくは監護権)の帰属については、離婚に伴う効果として、離婚の準拠法即ちフイリピン共和国法によらしめるべきものと解するところ、本件においては、前説示のとおり、結局のところ我が国法に則つて律すべきこととなる。してみれば本件離婚判決に際しては、右ウセ・ナドング・ジユニアの親権者の指定をなすべきであり、叙上認定の事情の下では、原告に同人の監護、教育、財産管理等に当らせるのが相当であるから、原告をその親権者に指定する。

(念のため、裁判管轄について附言する。本件の如く、夫である被告が妻である原告を遺棄し、あまつさえ行方不明である場合この妻である原告の住所地国、即ち我が国にも離婚の国際裁判管轄権を認めることが、国際私法生活における正義公平の理念に照らして相当である(最高裁昭和三七年(オ)四四九号、昭和三九年三月二五日大法廷判決)。問題は我が国のいずれの裁判所がその裁判管轄をもつかということである。人訴法一条は「夫婦カ夫ノ氏ヲ称スルトキハ夫、妻ノ氏ヲ称スルトキハ妻カ普通裁判籍ヲ有スル地」の地方裁判所が離婚事件の専属管轄を有すると定める。ところで本件においては、前認定の婚姻生活の実情に鑑み、且つ前掲甲第一号証の記載と弁論の全趣旨を総合すれば、原告は被告との婚姻の前後を通じて、我が国における公私の関係においては通常宅間姓を名乗つてきたこと、及び被告はまた従前どおり「ナドング」と称していたことがうかがわれるから、原被告は、その婚姻によつて、いずれの氏(又はラースト・ネーム以下同じ)を称したとも言い得ない。というよりも、むしろ素直に、それぞれが従前の自己の氏を称したものとみるのが妥当であり、換言すれば、原被告の婚姻による氏とは妻の氏「宅間」でもあり、夫の氏「ナドング」でもあるというべきである。このような場合は、直ちに民訴法に定める管轄の一般原則にたちかえつてことを決するのは適常でなく人訴法一条の趣旨を拡張して、原被告いずれもの住所地(本件において原告のそれは肩書地、被告のそれは、最後の住所地と目すべき神奈川県横浜市神奈川区白幡上町一九番地)の地方裁判所が本件離婚裁判の管轄を有し、そのいずれをとるかは、原告の任意に選択するところによると解するのが相当である。蓋しかく解したからといつて、人訴法一条が婚姻(離婚)事件において管轄を専属とした趣旨をみだるものではなく、却つて夫婦対等の原則をうたつた同条の趣旨をよりよく生かすものというべきである。さうすれば結局、当裁判所が、本件につき国内裁判管轄権を有することとなる。)

三、よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高野耕一 杉山伸顕 吉田昭)

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